2006年08月04日
街に食われる[渋谷]
もともとあまり渋谷には行かないのだけれど、
最近ますます渋谷から足が遠のいてきました。
あの街は面白いけれど、
なんだかもう、視覚的にも聴覚的にも「騒々しすぎて」、受け入れられないのだ。
ちょっと静かな方に行けばなかなか魅力的だし、普通に歩けます。
でもあの中心部分のカオス、あの舞台に乗ることができるほどのパワーを、わたしはもう持っていないな・・・。
ちょっと話は逸れますが、
わたしにとって、村上龍の小説のイメージは、渋谷です。
わたしは文章を読むと、それに付随して自然と映像や音楽が頭の中に浮かび上がってくる。
彼の小説から生まれるイメージは、すごくガチャガチャした五月蝿い色彩や音響、風景で、
ある時に「ああ、これって渋谷だ」と気づいたのです。
話、戻ります。
街(空間)を舞台装置とみる社会学があるけれど、
渋谷という舞台装置は非常に強力な力を持っていると思う。
舞台装置にのる演技者は、その力に対抗できるだけの力を持っていないと、
逆に街(空間)に食われてしまう、とわたしは思います。
「食われる」ということがどういうことか、うまく説明できないけれど、
だいたいの意味は、「徐々に、あるいは急速に、精神や肉体の力を奪い取られる」ということです。
空間に食われてしまうのもいい経験だと思う、
わたしは京都で力を食われる経験をしたことがあります。
それはとても貴重な経験でした、
そのときはただの恐怖だったけど、あとから思えばあれほど空間の力を感じたことは無かった。
でも、渋谷という街に食われるのは、わたしはイヤだな・・・・・。
最近ますます渋谷から足が遠のいてきました。
あの街は面白いけれど、
なんだかもう、視覚的にも聴覚的にも「騒々しすぎて」、受け入れられないのだ。
ちょっと静かな方に行けばなかなか魅力的だし、普通に歩けます。
でもあの中心部分のカオス、あの舞台に乗ることができるほどのパワーを、わたしはもう持っていないな・・・。
ちょっと話は逸れますが、
わたしにとって、村上龍の小説のイメージは、渋谷です。
わたしは文章を読むと、それに付随して自然と映像や音楽が頭の中に浮かび上がってくる。
彼の小説から生まれるイメージは、すごくガチャガチャした五月蝿い色彩や音響、風景で、
ある時に「ああ、これって渋谷だ」と気づいたのです。
話、戻ります。
街(空間)を舞台装置とみる社会学があるけれど、
渋谷という舞台装置は非常に強力な力を持っていると思う。
舞台装置にのる演技者は、その力に対抗できるだけの力を持っていないと、
逆に街(空間)に食われてしまう、とわたしは思います。
「食われる」ということがどういうことか、うまく説明できないけれど、
だいたいの意味は、「徐々に、あるいは急速に、精神や肉体の力を奪い取られる」ということです。
空間に食われてしまうのもいい経験だと思う、
わたしは京都で力を食われる経験をしたことがあります。
それはとても貴重な経験でした、
そのときはただの恐怖だったけど、あとから思えばあれほど空間の力を感じたことは無かった。
でも、渋谷という街に食われるのは、わたしはイヤだな・・・・・。
2006年07月25日
歩道橋の上から[新宿物語6]
だいぶ久しぶりになってしまいました。
見てる人はほぼ皆無かと思いますが、もし見てくれている方がいたら、ごめんなさい・・・。
新宿という街の中で好きな場所は数多くあるけれど、
一番好きなのは「とある歩道橋の上」なのです。
時間はそうね、朝と夜がいいな。特に夜。
夜、その歩道橋の上から、歌舞伎町のあたりを眺めるのが好きです。
ネオンの洪水、どぎつい色が溢れて、どんな現代アーティストの色使いだって、あの光景には適わないと思います。
そしてその色の爆発の下で、たくさんの人間が蠢いているのが感じられるんです。
有機的なんだ。すごく。
人間の「欲」を表したような風景。
いとおしいような、懐かしいような、なんだか切ない気持ちになります。
そんなわたしを夜風がサーッと触っていく、その感触もとても好きです。
この歩道橋には別の、とても私的な思い出もあります。
隣に並んで歩きたかったのに、いつも半歩先をすたすたと歩いていってしまう人。
来年から、わたしはまたあの歩道橋にとってもお世話になることになりました。
また毎夜、歌舞伎町を眺めるのが楽しみ。
そして新しい思い出も増えていくのでしょう。
この街はどれほどの人間の思いを、貯めていくのかしら。
見てる人はほぼ皆無かと思いますが、もし見てくれている方がいたら、ごめんなさい・・・。
新宿という街の中で好きな場所は数多くあるけれど、
一番好きなのは「とある歩道橋の上」なのです。
時間はそうね、朝と夜がいいな。特に夜。
夜、その歩道橋の上から、歌舞伎町のあたりを眺めるのが好きです。
ネオンの洪水、どぎつい色が溢れて、どんな現代アーティストの色使いだって、あの光景には適わないと思います。
そしてその色の爆発の下で、たくさんの人間が蠢いているのが感じられるんです。
有機的なんだ。すごく。
人間の「欲」を表したような風景。
いとおしいような、懐かしいような、なんだか切ない気持ちになります。
そんなわたしを夜風がサーッと触っていく、その感触もとても好きです。
この歩道橋には別の、とても私的な思い出もあります。
隣に並んで歩きたかったのに、いつも半歩先をすたすたと歩いていってしまう人。
来年から、わたしはまたあの歩道橋にとってもお世話になることになりました。
また毎夜、歌舞伎町を眺めるのが楽しみ。
そして新しい思い出も増えていくのでしょう。
この街はどれほどの人間の思いを、貯めていくのかしら。
2006年06月03日
DOCOMOタワーⅡ[新宿物語5]
先日、真夜中のDOCOMOタワーのことを書きましたが、
お昼のDOCOMOタワーも、素敵だと思います。
というのは、なんとなく「魔女の宅急便」にでてくる、時計塔を思い起こさせてくれるからです。
全く似てないといえば似てないのですが、
南口をでたときに、青空を背景にしたDOCOMOタワーを見ると、
なんとなく、あの時計塔を思い出してしまいます。
そう、南口には、青空がとてもよく似合うんです。
空想少女なわたしは、いえ、もう少女と言える年齢ではないのですけれど、
いつか晴れた日に、あの塔の周りを、デッキブラシに乗ってすぃすぃと飛べたらいいのに。と、いつも思っています。
お昼のDOCOMOタワーも、素敵だと思います。
というのは、なんとなく「魔女の宅急便」にでてくる、時計塔を思い起こさせてくれるからです。
全く似てないといえば似てないのですが、
南口をでたときに、青空を背景にしたDOCOMOタワーを見ると、
なんとなく、あの時計塔を思い出してしまいます。
そう、南口には、青空がとてもよく似合うんです。
空想少女なわたしは、いえ、もう少女と言える年齢ではないのですけれど、
いつか晴れた日に、あの塔の周りを、デッキブラシに乗ってすぃすぃと飛べたらいいのに。と、いつも思っています。
2006年05月19日
DOCOMOタワー[新宿物語4]
夜中に、首都高を走ると、ひときわ目立つ建物が3つあります。
六本木ヒルズ、東京タワー、DOCOMOタワーです。
でも、六本木ヒルズと東京タワーのきらびやかさに比べると、
DOCOMOタワーは非常に地味です。
では何故目をひくのかというと、その地味さが逆にものすごい存在感を醸し出しているのです。
グレーの壁が、夜の闇にグッと同化しており、その高い高い先端のほうは時折、霧に隠れています。
まさに夜の摩天楼、昼間の姿からは想像できないほどの「深み」を感じさせてくれます。
そしてわたしは、その姿が大好きなのです。
六本木ヒルズ、東京タワー、DOCOMOタワーです。
でも、六本木ヒルズと東京タワーのきらびやかさに比べると、
DOCOMOタワーは非常に地味です。
では何故目をひくのかというと、その地味さが逆にものすごい存在感を醸し出しているのです。
グレーの壁が、夜の闇にグッと同化しており、その高い高い先端のほうは時折、霧に隠れています。
まさに夜の摩天楼、昼間の姿からは想像できないほどの「深み」を感じさせてくれます。
そしてわたしは、その姿が大好きなのです。
2006年05月10日
赤白キリンの東京湾景
突然ですが、
東京湾のあたりに、たくさん、赤と白の大きなクレーン車がいるんです。
バイト先の会社や、たまに乗るゆりかもめから、
クレーン車たちがたくさん見えるんです。
それで、クレーン車がたくさん集まってるのが、とてもかわいく思えて、大好きなんです。
キリンにみえるんだ、赤と白の。
というわけで、ここではあのクレーン車たちを「キリンさん」と呼ぶことにします。
ああキリンさんたちお仕事がんばってる、
と思って、何時間かしてまたキリンさんたちのほうを見ると、
さっきと微妙に姿勢が変わってるんです。
お互いの距離とかもね、変わっていて、それがまたかわいいなと思うんです。
頑張ってるー!って。
キリンさんたちは、夜になると、みんな首を地面に水平に倒して眠りにつくんですよ。
ほんとだよ。
この間、キリンさんたちの大群がそうやって寝ているところを、お台場で見ました。
キリンさんたちがとても似ているもの、それは東京タワーです。
赤と白のコントラストがそっくりなの。
というわけで、
わたしは、キリンさんたちは、東京タワーの子どもだと勝手に決めています。
たまに、東京以外のところに出張しているキリンさんもいますね。
以上わたしの小さな妄想でした、
東京湾付近にいったときには、是非赤白キリンたちにご注目ください^-^
東京湾のあたりに、たくさん、赤と白の大きなクレーン車がいるんです。
バイト先の会社や、たまに乗るゆりかもめから、
クレーン車たちがたくさん見えるんです。
それで、クレーン車がたくさん集まってるのが、とてもかわいく思えて、大好きなんです。
キリンにみえるんだ、赤と白の。
というわけで、ここではあのクレーン車たちを「キリンさん」と呼ぶことにします。
ああキリンさんたちお仕事がんばってる、
と思って、何時間かしてまたキリンさんたちのほうを見ると、
さっきと微妙に姿勢が変わってるんです。
お互いの距離とかもね、変わっていて、それがまたかわいいなと思うんです。
頑張ってるー!って。
キリンさんたちは、夜になると、みんな首を地面に水平に倒して眠りにつくんですよ。
ほんとだよ。
この間、キリンさんたちの大群がそうやって寝ているところを、お台場で見ました。
キリンさんたちがとても似ているもの、それは東京タワーです。
赤と白のコントラストがそっくりなの。
というわけで、
わたしは、キリンさんたちは、東京タワーの子どもだと勝手に決めています。
たまに、東京以外のところに出張しているキリンさんもいますね。
以上わたしの小さな妄想でした、
東京湾付近にいったときには、是非赤白キリンたちにご注目ください^-^
2006年04月29日
2006年04月26日
立ち喰い少女列伝[新宿物語3]
押井守監督が、<立喰師列伝>という映画を作りましたね。
今回のタイトルは、もちろんそれを意識してつけたのですが、特に列伝と言えるほどの話ではありません。
わたしが新宿に通うようになって、一番最初に「やってみたーい」とあこがれたのは、『立ち食い』でした。
わたしの親は駅の立ち食いコーナーに入りたがるような人ではなかったので、
わたしにとって立ち食いは、いい臭いがしてとってもおいしそうなのに、手の届かないあこがれの存在だったのです。
ということで、中1から高3までの間、わたしは何度も新宿駅構内で、立ち食いそばを食べたり、立ち食いカレーを食べたりしていました。
中学のときは一人で食べてましたが、高校になると同士ができたため、2・3人で食べることもありました。
なんでだか、楽しかったなぁ。卵をオマケしてもらったり、唐揚げを床に落っことしたり。
今となっては一人で立ち食いすることに多少の恥じらいを感じるようになってしまい、
かれこれ3年以上も立ち食いはしていません。
あの独特の雰囲気に感じる思いは、「あこがれ」から「なつかしさ」になりはしましたが、
なにか特別なものがあることには変わりありません。
この先また「立ち食い女」となることがあるのか・・・なりたいような、なりたくないような、
なんだかこそばゆい思いがいたします。
まぁ、普通に考えたらならないほうがいいんでしょうね。笑
今回のタイトルは、もちろんそれを意識してつけたのですが、特に列伝と言えるほどの話ではありません。
わたしが新宿に通うようになって、一番最初に「やってみたーい」とあこがれたのは、『立ち食い』でした。
わたしの親は駅の立ち食いコーナーに入りたがるような人ではなかったので、
わたしにとって立ち食いは、いい臭いがしてとってもおいしそうなのに、手の届かないあこがれの存在だったのです。
ということで、中1から高3までの間、わたしは何度も新宿駅構内で、立ち食いそばを食べたり、立ち食いカレーを食べたりしていました。
中学のときは一人で食べてましたが、高校になると同士ができたため、2・3人で食べることもありました。
なんでだか、楽しかったなぁ。卵をオマケしてもらったり、唐揚げを床に落っことしたり。
今となっては一人で立ち食いすることに多少の恥じらいを感じるようになってしまい、
かれこれ3年以上も立ち食いはしていません。
あの独特の雰囲気に感じる思いは、「あこがれ」から「なつかしさ」になりはしましたが、
なにか特別なものがあることには変わりありません。
この先また「立ち食い女」となることがあるのか・・・なりたいような、なりたくないような、
なんだかこそばゆい思いがいたします。
まぁ、普通に考えたらならないほうがいいんでしょうね。笑
2006年04月23日
2006年04月22日
水色オープンカーと伊勢丹[新宿物語2]
「車」というものにつくづく縁がないわたしですが、
高校1年生のとき、1度だけ、ド派手な水色のオープンカーにのったことがあるのです。
今はもう、そのドライブがどの地点からスタートしたか、どこを走ったかすら、記憶に残っていないのですが、
新宿・伊勢丹前の、人がうじゃうじゃいる通りを、その水色のオープンカーで、走りぬけたことだけは、しっかり覚えています。
BGMはPrimal ScreamのSwastica Eyesでした。
オープンカーから見た伊勢丹は、いつもとは違って見えたけれど、何が違ったのかはわかりません。
でも、伊勢丹てなんだか特別ですよね。
あの一角にだけ、新宿伊勢丹の1930年代からの歴史の記憶がすべて息づいているようで、
きっとそれを、オープンカーに乗ったわたしは一瞬だけ、克明に感じたんだと思います。
そういえば、林檎さんも、東京事変の「群青日和」で、そんなことを歌ってた。
普通に日常なのに、少しだけ非日常だった、水色オープンカーと、新宿伊勢丹と、わたし。
あのなんてことのない一瞬を、わたしはいつまで覚えていられるのかしら。
高校1年生のとき、1度だけ、ド派手な水色のオープンカーにのったことがあるのです。
今はもう、そのドライブがどの地点からスタートしたか、どこを走ったかすら、記憶に残っていないのですが、
新宿・伊勢丹前の、人がうじゃうじゃいる通りを、その水色のオープンカーで、走りぬけたことだけは、しっかり覚えています。
BGMはPrimal ScreamのSwastica Eyesでした。
オープンカーから見た伊勢丹は、いつもとは違って見えたけれど、何が違ったのかはわかりません。
でも、伊勢丹てなんだか特別ですよね。
あの一角にだけ、新宿伊勢丹の1930年代からの歴史の記憶がすべて息づいているようで、
きっとそれを、オープンカーに乗ったわたしは一瞬だけ、克明に感じたんだと思います。
そういえば、林檎さんも、東京事変の「群青日和」で、そんなことを歌ってた。
普通に日常なのに、少しだけ非日常だった、水色オープンカーと、新宿伊勢丹と、わたし。
あのなんてことのない一瞬を、わたしはいつまで覚えていられるのかしら。
2006年04月17日
京王線ネズミ[新宿物語1]
わたしの家は、京王線、新宿から1時間ほどの、終点にほど近い駅にあります。
なるべく新宿から家までぐっすり眠れるように、新宿では乗れる電車も遅らせて、座れる電車を待つ。
1時間の睡眠時間は、重要です。
次の電車を待つ間、列の先頭で、ぼーっとしていると、あるとき、ふと視界をチロチロと動くものがあることに気づきました。
線路に目を落とすと、それは小さな、暗い灰色の、ネズミでした。
気づくと、わたし以外にも何人かの人が、ネズミを目で追っている。
疲れて疲れてねぐらに帰るわたしたちは、ネズミくんにはどう見えるのかしら、と思っている間に、彼はどこかに消えていきました。
今でも、京王線でホームの先頭に並べば、3回に1度は必ずネズミくんを見つける。
そのたびに、なんだか、ほっとします。
どこに彼のねぐらはあるんだろう、
線路の地下に暖かい家庭があるのか、孤独な闇があるのか、
わたしには知る由もないけれど、わたしもネズミくんも、大都会に蠢く小さな命であることには、何もかわりはありません。
なるべく新宿から家までぐっすり眠れるように、新宿では乗れる電車も遅らせて、座れる電車を待つ。
1時間の睡眠時間は、重要です。
次の電車を待つ間、列の先頭で、ぼーっとしていると、あるとき、ふと視界をチロチロと動くものがあることに気づきました。
線路に目を落とすと、それは小さな、暗い灰色の、ネズミでした。
気づくと、わたし以外にも何人かの人が、ネズミを目で追っている。
疲れて疲れてねぐらに帰るわたしたちは、ネズミくんにはどう見えるのかしら、と思っている間に、彼はどこかに消えていきました。
今でも、京王線でホームの先頭に並べば、3回に1度は必ずネズミくんを見つける。
そのたびに、なんだか、ほっとします。
どこに彼のねぐらはあるんだろう、
線路の地下に暖かい家庭があるのか、孤独な闇があるのか、
わたしには知る由もないけれど、わたしもネズミくんも、大都会に蠢く小さな命であることには、何もかわりはありません。
2006年04月17日
出会い[新宿物語0]
東京の中で、21年間住んでいる「西の端の町」以外に最も思い入れのある町といったら、間違いなく新宿だろう。
わたしと新宿の本格的なお付き合いが始まったのは、中学1年生の時だ。
西新宿にある進学塾に通うことになったわたしは、それから6年間、この塾にどっぷり通うことになり、ついでに新宿にもどっぷり浸かることになる。
多くの人に同意してもらえると思うのだけれど、新宿は、ものすごくおもしろい都市だ。
一区画歩くごとに町の顔がガラっと変わる、この町にはありとあらゆる形容詞があてはまる。
12歳でその魅力にハマることができたわたしは幸せだった、そして、
たくさんの思い出が、涙も、笑顔も、この町の其処彼処につまっている。
それを少しずつ、文章にしていけたら、と、思います。
わたしと新宿の本格的なお付き合いが始まったのは、中学1年生の時だ。
西新宿にある進学塾に通うことになったわたしは、それから6年間、この塾にどっぷり通うことになり、ついでに新宿にもどっぷり浸かることになる。
多くの人に同意してもらえると思うのだけれど、新宿は、ものすごくおもしろい都市だ。
一区画歩くごとに町の顔がガラっと変わる、この町にはありとあらゆる形容詞があてはまる。
12歳でその魅力にハマることができたわたしは幸せだった、そして、
たくさんの思い出が、涙も、笑顔も、この町の其処彼処につまっている。
それを少しずつ、文章にしていけたら、と、思います。
2006年04月16日
方向転換
はじめたばかりなので、試行錯誤もいいだろうと思い、ブログの方向転換することにしました。
「今」のことではなく、「過去」のことを中心に書いてみようかと思います。
「過去」と「今」をうまくリンクできればなお良し。
そして自分の過去を、フィクション・ノンフィクション交えた感じで書いてしまおうかと。
自分のことを語るのは、わたしにしてはとても珍しいことなので、あまり自信がありませんが・・・。
でも、わたし自身を通じて、ぼんやりと浮かび上がる「東京」があればいいな、と思っています。
それでは、よろしくお願いします。
(以前に投稿した記事は、消そうかとも思ったけど、そのまま残すことにしました。自分の書いたことに責任を持つという意味でも。)
「今」のことではなく、「過去」のことを中心に書いてみようかと思います。
「過去」と「今」をうまくリンクできればなお良し。
そして自分の過去を、フィクション・ノンフィクション交えた感じで書いてしまおうかと。
自分のことを語るのは、わたしにしてはとても珍しいことなので、あまり自信がありませんが・・・。
でも、わたし自身を通じて、ぼんやりと浮かび上がる「東京」があればいいな、と思っています。
それでは、よろしくお願いします。
(以前に投稿した記事は、消そうかとも思ったけど、そのまま残すことにしました。自分の書いたことに責任を持つという意味でも。)
2006年04月14日
2006年04月13日
2006年04月13日
はじめまして。
こんにちは。あみこです。
ブログを書くのはこれで4個目です。
現在稼動しているのは、ココ以外では東京ひつじタワー2だけですが。
このブログでは、東京に暮して21年目、大学最後の年を迎えたわたしが、
日々の日常生活、そしてちょっとした非日常を、「東京」という視点でゆっくり紹介して行こうと思っています。
東京での暮し方は、東京に住む人の数だけあって、わたしはそのうちのたった1つにすぎないけど、
たなかあみこなりの、飾らない「東京生活」をお届けできたらいいな。
それでは、またおつきあいくださいませ◎
ブログを書くのはこれで4個目です。
現在稼動しているのは、ココ以外では東京ひつじタワー2だけですが。
このブログでは、東京に暮して21年目、大学最後の年を迎えたわたしが、
日々の日常生活、そしてちょっとした非日常を、「東京」という視点でゆっくり紹介して行こうと思っています。
東京での暮し方は、東京に住む人の数だけあって、わたしはそのうちのたった1つにすぎないけど、
たなかあみこなりの、飾らない「東京生活」をお届けできたらいいな。
それでは、またおつきあいくださいませ◎

清澄白河近辺のお寺にいた、立派な猫です。おっきかった。
素敵なところ。
バイトにいく前のひとやすみを、駅前のエクセルシオールで。
